「わが道を行く中国」 北京篇その1
「わが道を行く中国」 北京篇その1
レッドクリフPar1に魅せられて、三国志を読みあさり、どうしても中国に行って見たいと思いました。 子どものように、行きたくてしょうがなく我慢できない・・・そんな衝動ではないでしょうか? 2009/2/14~17の4日間の旅が始まったのです。
北京国際空港に降り立ち、とてつもなくでかい。 オリンピックの整備の影響なのか 土地の大きさを誇示しているのか・・・想像を超えるデカサなのです。 ふと、ちっちゃな考えですが スーパーカップ1.5倍発売の驚きとよく似ているような・・・スケールちっちゃ(苦笑)。
無事、現地ガイドとご対面。 広東出身 女性ガイド 訪日経験なし ちょっと日本語が危ない。 空港から市街地に向かっている時に驚きが
「なんて交通ルールなんだ!!」
車は、右側通行なのです。 目前が赤信号のため、停車すると思っていたのです。 がなんと、そのまま右折したのです。左側の直進車がクラクションとともに突っ込んできます。 「危ない ぶつかる」と叫んで、目を閉じていました。 間一髪 危機回避。 私は唖然、茫然、忽然状態。 ガイドに尋ねました。
私「信号無視とは、危ないじゃないか。 なぜ、右折なんか・・・無謀だ。」 ガイド「右折はOKです。 曲がってしまえば、青信号だよ」
釈然としない回答。右折はルール違反ではないようです。郷に入れば郷に従えでしょう。 横断歩道も歩行者優先ではありません。 人と人との隙間を狙って車が右折してくるのです。悠然とした気持ちで歩いてはいけないのです。 と思えば、自転車にリヤカーをつなげ道の真ん中を走る・・時速5Kで。クラクションを鳴らしても無視。 マイペース、ゴーイングマイウェイ。 車の割り込み平気。 車と車の間を単車が疾走。こんな状況なので、あっちこっちでクラクションが悲鳴をあげる。 戦争である。私は、慣れないと車の運転どころか横断歩道も歩けない感じです。 スピードの標識がどこにもないのです。 スピードがすでに決められているので、表示する必要がないらしい。一般道は40~50キロ。 高速道路は一番左から、120キロ、100キロ、80キロ、60キロとのこと。 大らかと言えば大らかである気もする。 懐かしいく思ったのが、トロリーバスでした。市電のバス判です。送電線にファンタグラフが接続され街を疾走していました。市民の足は、バスであり満員状態でも猛スピードで走っています。安全輸送より、早く目的地に届けるが主目的でしょうか。 中国よ何故そんなに急ぐ。
「料理はいける・・接客はいまいち」
北京での夕食は、1日目四川料理 2日目北京ダックコース。 味はピリ辛だがいける。 量が半端じゃなく多い二人の所に4~5人前が運ばれてきた感じです。 料理が一度に運ばれて驚き、野菜炒め、酢豚、チンジャオロース、チンゲン菜のトロミ煮、麻婆豆腐、そうこうしていると 坦々麺にデザートのオレンジ、メロン テーブルは混乱きわまりなく、落ち着きがたし。 時間はたっぷりあるのに興ざめでした。ビールは別会計なのですが、食事の途中に徴収されるのです。食べながら、ポケットの紙幣をまさぐり払う始末。
客が少ないのか、厨房からコックさんがポケットに手を突っ込み店内をブラブラ。ウエイトレスは 暇な相手をみつけてずーと井戸端会議。ドアボーイは客が来るたび邪魔さ顔で応対。 社会主義国家の影響からか、愛想良くしても給料もかわらないので必要以上のこと、サービス精神の心得がないのでしょうか。ちょっと日本人には理解しがたい接客でしょう。 おしゃべりが大好きな国民です。 日本人相手だからわからないのでかと思いましたが、中国人の客がいても同様だし、この店にかぎらず、上海の食堂やマッサージ店でも同様でした。 しゃべっていないと働く意欲がわかないのか、労働をまぎらしているのか すべては謎です。 でも、日本語が解らなくても なんとかしようと親切だしフランクな面はあるようです。
じゃ・・みなさんお元気で。
